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和歌山地方裁判所 昭和31年(ワ)421号

原告 西畑幸子(仮名) 外一名

被告 西畑すみ子(仮名) 外一名

主文

別紙第一、二目録記載の土地建物につき、原告西畑幸子は九分の三、原告西畑道子は九分の二の各持分を有することを確認する。

被告西畑すみ子は、原告等に対し、別紙第一目録記載の土地建物につき、和歌山地方法務局昭和三一年一月二六日受付第九七八号同月二四日遺産分割による所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

被告西畑喜一は、原告等に対し、別紙第二目録記載の土地建物につき、和歌山地方法務局昭和三一年一月二六日受付第九七七同月二四日遺産分割による所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は、被告等の負担とする。

事実

原告両名訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として

一、別紙第一、二目録記載の土地建物(以下本件相続財産という。)は、訴外亡西畑庄助の所有であつたが、右訴外人は、昭和三〇年五月二九日死亡し、配偶者原告幸子、長女被告すみ子、二女原告道子、養子被告喜一(被告すみ子と被告喜一は婚姻)がその相続人としてこれを遺産相続した。従つて本件相続財産は、原被告等の共有に属し、各相続分に応じ本件相続財産につき、原告幸子は九分の三、原告道子は九分の二の持分を有している。

二、ところで原告等は、昭和三〇年六月頃被告喜一の求めに応じ、本件相続財産につき原被告等の相続分に応じた持分の共有登記をさせるため、同被告に印章を交付したが、間もなく右共有登記を完了したと称して印章の返還をうけた。ところがその後偶然の機会に、原告等は、右共有登記はなされておらず、却つて原告両名および被告すみ子は相続を抛棄し、被告喜一が単独で遺産分割による所有権取得登記を経由している事実を発見した。そこで原告等は被告喜一に厳重抗議をしたところ、同被告は、その非を悔い、右単独所有の登記を抹消し、あらためて原被告等の相続分を持分とする共有登記をなすべきことを誓約したので、同年十一月中頃原告等は、右登記手続のために再度印章を同被告に預け、昭和三一年三月頃その返還をうけた。従つて原告等は、前記単独所有権取得登記は抹消され、本件相続財産につき共有登記がなされたものと堅く信じていた。

三、本件相続財産のうち農地は、庄助の死後、原告等において耕作していたところ、昭和三一年五月頃被告等夫婦が突然右農地に立入り、今後は自分等が耕作すると主張しだしたので、奇異に感じて調査したところ、昭和三〇年一二月一四日原告等の依頼どおり、被告喜一のための単独相続登記は抹消され、原被告等の相続分を持分とする共有相続登記がなされていたが、これに続いて昭和三一年一月二六日付をもつて、同月二四日の遺産分割を原因として、別紙第一目録記載の土地建物につき被告すみ子のため主文第二項掲記の所有権取得登記、別紙第二目録記載の土地建物につき被告喜一のため主文第三項掲記の所有権取得登記がそれぞれ経由されていることが判明した。しかし原告等は、右登記原因の如き遺産分割の協議をなした事実は、全然ないのであつて、被告等の再度に及ぶ背信行為に驚いている次第である。

四、よつて原告等は、被告等に対し、本件相続財産につき原告幸子において九分の三、原告道子において九分の二の持分を有することの確認を求めるとともに、右持分による物権的請求権に基いて、遺産相続による原被告の共有相続登記にあらためさせるため、被告等の前項の所有権取得登記の抹消登記手続を求める。

五、被告等の主張に対する答弁並びに再抗弁として、右事実のうち被告すみ子が先夫との子二人を引取り離婚して実家である西畑家に復籍したこと、原告道子が医師であること、訴外西畑みつ(原告の母、原告道子、被告すみ子の祖母)が昭和三一年三月二五日死亡したこと、原告幸子が同年五月被告等を相手として和歌山家庭裁判所に遺産分割に関する調停を申立てたこと、被告等主張の遺産分割協議書(乙第一号証)、覚書(甲第一四号証、乙第二号証、同第五号証)が存在し、原告等がこれに署名したことは認めるが、その余を否認する。

しかし、右協議書および覚書が作成された事情は後記のとおりであつて、右書面は、原告等の真意に符合するものではなく、原告等の意思表示を含むものではないから、被告等が本件相続財産をそれぞれ単独で取得するいわれはない。仮りに右覚書が原告等において被告等主張の遺産分割協議を承認ないし追認したものであるとすれば、後記のとおり右は被告等の強迫に基いてなした意思表示であるから、本訴(昭和三二年二月六日午前一〇時本件口頭弁論期日)において、これを取消す。

六  原告等は、前記の如く、原告等を除外して、被告等のみで本件相続財産につきそれぞれ単独で所有権取得登記が経由されているのを知るや、その不当を正すため、直ちに和歌山家庭裁判所に本訴と同趣旨並びに本件相続財産の農地につき原告等に耕作権があることの確認を求めて家事調停を申立てたが、右調停において被告等が遺産分割協議書(乙第一号証)なるものを提出した。そこで原告等においてこれを検討したところ、右書面は、前記の如く被告喜一に同被告の単独登記の抹消と原被告等の共有相続登記をさせるため、その手続を依頼していたのであるが、昭和三一年一月初旬の夕刻被告喜一が原告等宅を訪れ、右共有相続登記の書類ができたので、署名を貰い度いと言つて、相続人と記載ある下部のみを示し、自動車を待たしていることを理由にこれを急がせたため、原告等は、同被告の言を信じてそれぞれ署名して(原告等の印章は同被告に預けてあつた。)、同被告に交付したものであることが判明した。従つて、原告等は、右書面の内容は、共有相続登記手続に関することとのみ信じ、遺産分割協議書であるとは思いも及ばぬことであつたのである。しかも右内容は、原告等の相続分を無視した不合理不均衡なものであり、原告等の到底承服し得ない筈のものであることから見ても、右書面が原告等の真意を表示していないことが理解できるであろう。

七、そして事の真相を自ら知る被告等は、原告等から調停の申立を受けるや、右遺産分割協議書(乙第一号証)を真正に成立したものとなすべく、原告等が保険金(亡庄助が原告等を受取人とした生命保険金)を詐取したとか、西畑みつを殺害したとか、無根の事実を吹聴し、被告等の意に副はぬときは告発すると強迫し、昼夜の別なく、右遺産分割協議書の内容を承認する趣旨の覚書(甲第一四号証、乙第二号証、同第五号証)に原告等の署名捺印を強要してやまず、婦女ばかりである原告等をして、右書面に署名捺印の余議なきに至らしめたのである。

と述べ、

立証として、甲第一号証、同第二、三号証の各一ないし六、同第四号証の一ないし三、同第五ないし第八号証、同第九号証の一ないし六、同第一〇ないし第一八号証を提出し、証人原島春江、同天野とく、同山形光男(第一、二回)、同米沢清(第一、二回)、同鶴岡国夫、同原島年男、同四谷昇、同藤野誠(第一、二回)の各証言並びに原告西畑幸子(第一、二、三回)、原告西畑道子(第一、二回)被告西畑喜一(第一回)の各本人尋問の結果を援用し、乙第三、四、六、七号証、同第八号証の一、二、同第一〇号証の各成立を認め、乙第一号証につき原告等の署名の成立および名下の印影が原告等の印章のそれと同一であることは認めるがその他は否認、乙第二、五号証につき原告等の署名捺印の成立は認めるがその他は否認、乙第九号証につき原告等名下の印影が原告等の印章のそれと同一であることは認めるがその他は否認すると答えた。

被告両名訴訟代理人は、「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、答弁として

一、原告主張の請求原因事実のうち

第一項のうち、本件相続財産が亡西畑庄助の所有であつたが、同人が昭和三〇年五月二九日死亡したこと、その相続人は、配偶者原告幸子、長女被告すみ子、次女原告道子、養子被告喜一(被告すみ子と被告喜一は婚姻)であることは認めるが、その余を否認する。

第二項のうち、本件相続財産につき被告喜一単独に遺産分割による所有権取得登記が経由されたことは認めるが、その余を否認する。

第三項のうち、昭和三〇年一二月一四日右被告喜一の所有権取得登記が抹消され、同日本件相続財産につき原被告等の相続分を持分とする共有相続登記がなされたこと、昭和三一年一月二六日原告等主張の如く被告等に所有権取得登記がなされたことは認めるが、その他を否認する。

二、被告等が本件相続財産につきそれぞれ所有権を取得したのは次の経緯によるものであり、原告等の主張事実は全く事実に反するものである。すなわち

(一)  被告すみ子は婚家先である梨本家から離婚し、子供二人を引取つて実家である西畑家に復籍帰来していたところ、昭和二八年頃父庄助は病身で所有田地を耕作できないし、母原告幸子は手広く養鶏をしているため、被告喜一を庄助、原告幸子の養子に迎え、被告すみ子と結婚さすことになつた。そしてその際庄助は、死後は被告喜一に本件相続財産を単独相続させることを約し、原告等もこれを承諾し、ここに被告喜一は、同年六月右のとおり養子となり被告すみ子と婚姻して西畑家に入つた。被告喜一は元来左官職であるが、仕事のかたわら庄助所有の田地を耕作し、昭和二九年夏頃被告すみ子の子供に庄助の病気(結核)が感染することを防止するため、被告等夫婦は、近所に小家屋を建てて原告等と別居するに至つた。ところで庄助が死亡し、昭和三〇年七月頃原告幸子は、被告すみ子に対し、庄助の生前売却した小作地五反歩の代金や庄助の保険金百万円を原告幸子において取得し、手広く養鶏もやつていることとて原告道子の学資(原告道子は学業を終え、現在医師である。)にも事欠かないから、庄助の意思を重じ、本件相続財産は、被告喜一の単独相続にするよう申出た。そこで被告すみ子、原告道子もこれに賛成し、原告幸子は、被告喜一の実父訴外大谷益之助に右登記手続一切を依頼し、同訴外人は、昭和三〇年七月二〇日司法書士に委託して、本件相続財産につき被告喜一単独による遺産相続登記手続を了した。しかも被告喜一が単独相続することは親族である訴外米沢耕一、同舟戸正治、同米沢夏子、同舟戸時子等も同意したことであり、右登記と同時に農地は全て被告喜一が耕作することも全員の了解ずみであつた。

(二)  ところが原告幸子は、昭和三〇年一一月に至り、本件相続財産を被告喜一一人に取得させたことに不安を感じ、被告すみ子に対し、被告等両名で分割所有しておくよう勧告したので、被告すみ子も成程と思い被告喜一にその旨を諮つたところ、これを了承した。そして登記手続に関し、被告喜一より被告すみ子に分割贈与すれば二重の課税をうけるため、前記被告喜一の単独相続登記を抹消し、新たに被告等両名で遺産分割による所有権取得登記をなすことに決つた。そこで昭和三一年一月二四日原被告等間において米沢耕一を立会人として本件相続財産につき第一目録記載の土地建物は被告すみ子が、第二目録記載の土地建物は被告喜一がそれぞれ遺産相続することの協議をなし、その旨の遺産分割協議書(乙第一号証)を作成し、同月二六日右協議書に基いて被告両名のため遺産相続による登記手続をなしたのである。その時も本件相続財産の農地六反歩を被告等夫婦において耕作することは、原被告間で諒承されたのである。

(三)  昭和三一年三月二五日被告すみ子の祖母西畑みつが死亡した頃から、原告幸子は、心境に変化をきたしたか、それまでの約束を無視し、喜一の耕作する農地を他人に小作させると主張して紛争を起し、親族一同の説得をも聞き入れず、同年五月初旬和歌山家庭裁判所に被告等を相手として遺産分割に関する家事調停を申立てるに至つた。ところがその後原告幸子は、世間体を恥じ、かつ米沢耕一の説得もあり、前記遺産分割協議を承諾して右調停を取下げ、原被告等間の対立を解消し度いと申出たので、同月一六日原被告等並びに親族が寄合いの上、原告等において前記遺産分割協議を承認し、被告等は原告幸子に対し保有米として年額三俵半あて交付することの約束が成立し、同月二〇日その旨の覚書(乙第二号証、同第五号証、甲第一四号証)が作成されたのである。従つて、昭和三一年一月二四日の遺産分割の協議が原告等主張の如く成立しなかつたとしても、原告等は右覚書をもつて右協議を承認ないし追認したものというべきである。

(四)  原告等の答弁並びに再抗弁に対し、(イ)原告等は、昭和三一年一月二四日の遺産分割協議書には被告喜一の言動に惑され、内容を知らないで署名した如く主張するが、右書面は冒頭に遺産分割協議書と明記されており、原告等の署名の直前に右分割の内容が記載されてあるのであつて、通常以上の教育を受けた原告等が全く内容を感知しないということは、虚偽の言分としか思われない。(ロ)前記覚書の作成にあたつては、被告等は、原告等を強迫した事実はない。

と述べ、

立証として、乙第一ないし第七号証、同第八号証の一、二、同第九、一〇号証を提出し、証人米沢耕一(第一、二回)、同舟戸正治(第一、二回)、同米沢清(第一、二回)、同米沢夏子、同舟戸時子、同大谷益之助、同鶴岡富男、同山形順二、同藤野誠(第一回)、同根本弘の各証言並びに被告西畑すみ子(第一、二回)、被告西畑喜一(第一回)の各本人尋問の結果を援用し、甲第一ないし第四号証、第六号証、第九ないし第一二号証、第一四ないし第一七号証の各成立を認め、甲第七、第八、第一三、第一八号証の成立は知らない、甲第五号証は名刺であることは認めると答えた。

なお職権で被告西畑すみ子(第二回)同西畑喜一(第二回)の各本人尋問並びに検証をなした。

理由

一、本件相続財産が亡西畑庄助の所有であつたこと、同人が昭和三〇年五月二九日死亡したこと、同人の相続人は、配偶者原告幸子、長女被告すみ子、二女原告道子、養子被告喜一の四名であることは、当事者間に争がないから、遺産相続によると相続分に応じて本件相続財産につき原告幸子は九分の三、原告道子は九分の二の持分を取得すべきことは明らかである。

二、ところで本件相続財産のうち、別紙第一目録記載の土地建物につき被告すみ子のため和歌山地方法務局昭和三一年一月二六日受付第九七八号により同月二四日遺産分割を原因とする所有権取得登記が、別紙第二目録記載の土地建物につき被告喜一のため同法務局昭和三一年一月二六日受付第九七七号により同月二四日遺産分割を原因とする所有権取得登記がそれぞれ経由されていることは、当事者間に争がなく、原告等は右登記は登記原因を欠き不法であると主張し、被告等は右登記原因のとおり昭和三一年一月二四日成立した原被告等間の遺産分割協議に基いてそれぞれ所有権を取得したものであると抗争するので以下判断する。

三、成立に争ない甲第一号証、同第二、三号証の各一ないし六、乙第四、七号証および証人藤野誠(第一回)同鶴見国夫の各証言並びに原告西畑幸子(第一、二、三回)原告道子(第一、二回)被告西畑すみ子(第三回)被告西畑喜一(第一回)の各本人尋問の結果を総合すると、

(一)  西畑庄助は本件相続財産のほか小作地五反歩を所有し、妻原告幸子二女道子と同居して農業を営んでいたが病身のため、農地は主として作男を雇つたり原告等に手伝わせて耕作していたこと、ところが昭和二八年三月頃親族の医師訴外梨本宏也に嫁いでいた長女被告すみ子が離婚して子供二人を引取つて実家に復籍してきたこと(この点は当事者間に争がない)、その頃から被告すみ子は当時左官見習をしていた被告喜一と懇ろとなり、同年六月頃両親に被告喜一と結婚する旨申出たので庄助や原告幸子は不本意ながらこれを承諾して仲人を親族(原告幸子の姉婿)の米沢耕一に依頼し、同人は被告喜一やその父訴外大谷益之助に被告すみ子には先夫の子二人があるので、財産をつけて養子とすると申して被告すみ子との婚姻を成立させたこと、同年九月頃被告等は、近所に家屋を新築して両親と別居し、同年一〇月三一日被告喜一の庄助、原告幸子との養子、被告すみ子との婚姻の届がなされたこと、被告喜一は、左官となつて仕事をするかたわら、農繁期には庄助所有の農地の耕作を手伝つていたこと。

(二)  昭和三〇年五月二九日庄助が死亡し、相続人である原被告等が遺産相続することになつたが、被告すみ子は原告等において昭和二九年頃売却した小作地五反歩の代金三五万円並びに庄助の保険金百万円(受取人は原告等となつていたもの)を入手し、原告道子は多額の学費を費消したことであるから、本件相続財産は、被告等夫婦のみにおいて相続しても不当ではないと独断し、被告喜一も被告すみ子と結婚の際財産をつけるという話であつたこととて被告すみ子の見解に同調し、被告等は、原告幸子に対し、相続登記をせず放置することは許されないと称して、右登記をするよう申出たこと、そこで原告幸子は、相続登記とは相続人である原被告等四名の共有持分となることと考え、被告喜一単独の相続登記がなされるとは思わないで、被告等の申出に応じ、被告喜一の父大谷益之助を呼んで相続登記の手続を依頼し、原告等の印章を同人に交付したこと、ところが右益之助は、被告等の意を体して同月二〇日本件相続財産につき被告喜一の単独相続登記を経由したこと、(右登記が経由されたことは当事者間に争がない。)数日後原告等の印章は、被告すみ子を通じて返還されたこと。

(三)  その後、はしなくも被告等が夫婦喧嘩して被告すみ子が被告喜一に「財産を一人占めにしたら帰ろうと言う。」と口走つているのを原告幸子が洩れ聞き、不思議に思い被告喜一に確めたところ、右登記の内容を打明けたので、原告幸子は、全く意に反していることに驚くとともに、その不当をなじり、被告喜一に右登記の抹消と原被告等による共有相続登記をするよう要求したこと、被告喜一は、原告幸子の要求に抗し切れず、再度原告等の印章を預り、同年一二月一四日自ら前記被告喜一の単独相続登記を錯誤によるものとして抹消登記手続をなし、同日原被告等の相続分に応じた共有相続登記を経由したこと(右各登記が経由されたことも当事者間に争がない。)(通常相続登記をする場合共有相続登記を経由せずとも、遺産分割をすれば、その効力は相続のときに遡つて生ずるから、直ちに遺産分割に相応した相続登記ができるわけであるのに、殊更に被告喜一が右共有相続登記を経由しているのは、以上認定事実を裏付ける有力な資料と考えられる。)

が認められ前掲被告西畑すみ子、同西畑喜一の本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は信用できず、右認定に反する証人米沢耕一(第一、二回)同舟戸正治(第一、二回)、同米沢夏子、同大谷益之助の各証言並びに被告西畑すみ子(第一、三回)同西畑喜一(第二回)の各本人尋問の結果は、前顕各証拠に対比して信用できず、その他右認定を覆するに足りる証拠はない。

四、ところが被告等は、引続いて昭和三一年一月二四日原被告等間に前記の如き遺産分割協議が調つたと主張し、証人米沢耕一(第一、二回)同舟戸正治(第一、二回)同米沢夏子および被告西畑すみ子(第一、二、三回)同被告西畑喜一(第一、二回)は右主張に副うような証言或は供述をしているが、これらは、前項掲記の各証拠に照してたやすく信用できず、原告等が署名の成立を認めている乙第一号証(遺産分割協議書)も次に説示する如く、右認定の資料となし難く、その他本件一切の証拠をもつてしても、被告等の右主張事実を肯認することができない。

すなわち右乙第一号証の作成経緯を検討するに、証人山形光男(第一、二回)の証言並びに原告西畑幸子(第一、二、三回)、原告西畑道子(第一、二回)の各本人尋問の結果を総合すると、原告幸子は被告喜一が自己の単独相続登記を抹消し、共有相続登記をすることを誓約してくれたので、安堵していたが、他方被告等は、当初の本件相続財産を被告等のみで相続すべきであるとの意図を貫くべく、親族の米沢耕一を説得して被告等の見解に賛同せしめ、本件相続財産のうち第一目録記載の土地建物を被告すみ子において同第二目録記載の土地建物を被告喜一においてそれぞれ相続することに決め、その旨の遺産分割協議書(乙第一号証)を作成したこと、そして昭和三一年一月下旬の夕刻被告喜一において硯と筆を持参して原告等宅に行き(被告等宅と原告等宅の距離は約五〇米)原告幸子に対し共有相続登記手続の書類ができたので署名して貰い度いと言つて、右書面末尾の相続人と記載ある下の署名欄を指示し、更に自動車を待たしてあることを理由にこれを急ぎ立てたこと、原告幸子は、前認定のとおり共有登記を依頼していたこととて、被告喜一の言を信じ、本件相続財産を被告等のみに相続させるが如き意思を毛頭有しておらず、右書面を共有登記手続に要するものと信じて、これに署名したこと、原告道子も原告幸子と同様な意思で署名したことが認められ、右認定に反する証人米沢耕一(第一、二回同)舟戸正治(第一、二回)同米沢夏子の各証言並びに被告西畑すみ子(第一、二、三回)同西畑喜一(第一、二回)の各本人尋問の各結果は、前顕各証拠並びに弁論の全趣旨に照して信用できずその他右認定を左右するに足りる証拠はない。従つて右協議書(乙第一号証)には、原告等が署名しているが、原告等は右書面記載の如き遺産分割協議の意思を有せず右認定の情況よりすると、原被告等双方に遺産分割につき意思表示の合致がなく、その協議は成立していないと認めるのが相当である。従つて右遺産分割協議書(乙第一号証)は、原告等の署名からその余の部分の成立を推定できず、結局被告主張事実を裏付ける資料とはなし得ない。

五、次に被告等は、原告等は昭和三一年五月二〇日覚書(乙第二号証、同第五号証、甲第一四号証)をもつて、同年一月二四日の被告等主張の如き遺産分割協議を承認したと主張するので、この点を判断する。成立に争ない甲第四号証の一ないし三、同第一四号証、原告等の署名捺印の成立に争いないから、その他の成立も推定される乙第二、五号証、甲第一四号証および証人原島春江、同山形光男(第一回)同米沢清(第一、二回)同藤野誠(第二回)同原島年男、同米沢耕一(第一回、後記措信しない部分を除く)同鶴見富男(後記措信しない部分を除く)の各証言並びに原告西畑幸子(第一、二、三回)原告西畑道子(第一、二回)の各本人尋問の各結果を総合すると

(一)  昭和三一年三月二五日西畑みつ(原告幸子の母)が死亡し(この点は当事者間に争がない。)その葬式がすんだ頃から、被告等は本件相続財産につき相続登記を得たのでその農地を耕作すべきであるとして原告等に農地を耕作さすよう要求したこと、原告幸子がその理由を尋ねたところ、本件相続財産が既に被告等のみに相続登記された事実を発見し、被告等の仕打ちに憤慨して農地を被告等が耕作することを拒否するとともに、弁護士月山致治を代理人として、同年五月初旬和歌山家庭裁判所に本訴請求と同趣旨並びに農地の耕作権の確認を求めて家事調停を申立てたこと(右調停の申立があつたことは当事者間に争がない。)

(二)  その後右農地の耕作をめぐる紛争は激加し、見かねて親族近隣或は農業委員なども仲裁に入り共同耕作の提案もあつたが、両者は妥協せず、はては被告等は、強引に農地に牛を入れて鋤き始めれば、原告幸子は地面に寝ころびこれを阻止しようとしたり、被告すみ子は、原告幸子が保険金を詐取し祖母西畑みつを毒殺したと攻繋し、原告幸子は、言い合いのあまり興奮して心神したりするに至つたこと、かくして原告幸子は、心身ともに疲れはてるとともに世間体を恥ぢ、遺産分割については、前記調停の結果に俟つとして、ともかく耕作の紛争は解決すべきであると思い、親族の前記米沢耕一や訴外米沢清の仲裁に応ずることを申出たこと、そこで同月一六日米沢耕一宅に原被告等や米沢耕一、米沢清等が集つて相談して、農地は、被告喜一において耕作し、原告等に保有米と三ヶ年一反につき二俵の割合(減産のときは協議で減量する)の収穫を交付することにし、原被告間の農地をめぐる紛争に結着をつけることになつたこと、そして右約束を文書にすることになつたが、被告等は右約束とともに被告等主張の昭和三一年一月二四日の遺産分割協議を原告等において再確認するとの条項を加えて覚書三通(乙第二号証、同第五号証、甲第一四号証)を作成したこと、その後米沢耕一は右書面につき原告等の承認を求めるため、右一通を原告等宅に持参したので、原告等が検討したところ、前記取り決めのほかに、遺産分割協議の確認の条項が記載されてあるのでこれを不服として右書面を同人に返還したこと、ところが同月二〇日原告等は呼出をうけたので、米沢耕一宅に行つてみると被告等や米沢耕一夫婦などが集つており、前記覚書に署名捺印するよう強要されたが、原告等は一端これを拒否して帰宅したこと、すると同日午後一一時頃被告すみ予は、原告等宅に来て、戸をたたきながら、執拗に覚書に署名しなければ保険金詐欺や祖母毒殺によつて告発してやると大声でわめきたてるので、原告等は、被告等の要求に応じないときは、如何にされるやも分らぬと観念し、再び米沢耕一宅に行き遂に覚書に署名捺印したこと、翌朝原告幸子は近隣の訴外原島年男を呼んで、覚書にやむなく署名した事情を調停で明らかにしてもらうべく、弁護士月山政治宅に覚書一通を持参させたこと

が認められ、前顕証人米沢耕一の証言のうち、右認定に反する部分は信用できず、この点に関する証人米沢耕一(第二回)同舟戸正治(第一、二回)同米沢夏子、同舟戸時子の各証言並びに被告西畑すみ子(第一、二、三回)同西畑喜一(第一、二回)の各本人尋問の結果は、前顕各証拠に対比して信用できず、その他右認定を覆えするに足りる証拠はない。右事実によると、原告等は、右覚書をもつて被告主張の昭和三一年一月二四日の遺産分割協議を承認したものと認められるが、原告等の右覚書の署名捺印は、被告すみ子の強迫に基く畏怖の結果と解するのが相当である。そして原告等が本訴(昭和三二年二月六日午前一〇時本件口頭弁論期日)において右承認の意思表示を取り消したことは記録に照して明らかであるから、原告等の右承認の意思表示はその効力を失つたものというべきである。

六、以上説示のとおり、本件相続財産のうち第一目録記載の土地建物につき被告すみ子が同第二目録記載の土地建物につき被告喜一がそれぞれ単独で所有権を取得したいわれはないから、原告等が遺産相続によつて、取得した本件相続財産の持分(原告幸子は九分の三、原告道子は九分の二)の確認を求める請求は正当である。

次に原告等の抹消登記手続の請求について考える。本件相続財産につき原告等が右の持分を有するとともに、被告等も九分の二あての持分を有しているわけであり、被告等の昭和三一年一月二四日の遺産分割協議による単独所有権取得登記は、真実と一致しないものであるが、実質的に所有権の移転があり、真実の所有者の登記簿上の所有名義者とが合致していれば、登記原因が真実に符合していなくとも、その登記は有効と解せられるから、被告等の持分の限度においては、被告等のためになされている本件相続財産の所有権取得登記は有効というべきであるが、その限度を超える部分については、被告等の有する右登記原因を欠き、不法なものというべきである。ところで単独所有権の登記は一所有権の一箇の登記であつて、多数の共有権の集合登記ではないから、単独所有権の登記のうち或部分の共有権の登記のみを残存せしめ、他の共有権の登記を抹消するということはできないと解せられる。従つてかかる場合単独所有権登記を共有名義に更正登記することも可能ではあるが、亦原告等は本件相続財産につき遺産相続による共有相続登記にあらためさせるために、被告等の所有権取得登記の抹消を請求し得るものと解するのが相当である。そうすると、原告等の抹消登記手続を求める請求も理由がある。

七、よつて原告等の本訴請求は、いずれもこれを認容し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山崎林 裁判官 倉増三雄 富永辰夫)

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